大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)307号 判決 1971年11月25日
控訴人 田島奈良雄
右訴訟代理人弁護士 井上太郎
同 西村日吉磨
同 水島林
被控訴人 鶴崎義久
右訴訟代理人弁護士 尾崎亀太郎
被控訴人 岡本与作
<ほか六名>
主文
原判決中、被控訴人鶴崎に関する部分を取消す。
被控訴人鶴崎は控訴人に対して、原判決末尾添付目録記載の土地のうち同添付図面⑨記載の部分三二坪五合四勺を明渡し、かつ、昭和三五年一〇月一日から昭和三七年八月三一日までは月一、七七五円、同年九月一日から昭和三九年八月三一日までは月三、四九八円、同年九月一日から昭和四一年八月三一日までは月五、〇三九円、同年九月一日から昭和四三年八月三一日までは月五、六一三円、同年九月一日から右明渡ずみまで月六、五二七円の各割合による金員を支払え。
控訴人の被控訴人鶴崎に対するその余の請求を棄却する。
被控訴人岡本与作、同山下春一、同平野佐、同西岡勇、同上野繁夫、同山脇良枝に対する本件控訴を棄却する。
控訴人の被控訴人岡本与作、同山下春一、同平野佐、同西岡勇、同上野繁夫に対する当審拡張部分の請求を棄却する。
引受人藤木さ子は控訴人に対し、本判決末尾添付別表一(占有関係一覧表)の引受人所有建物欄記載の建物を収去して、原判決末尾添付目録記載の土地のうち同添付図面⑦記載の部分一五坪七合一勺を明渡し、かつ、昭和四四年三月一日から右明渡ずみまで月三、九二七円の割合による金員を支払え。
訴訟費用中、控訴人と被控訴人鶴崎との間に生じた分は第一、二審を通じてこれを八分し、その一を被控訴人鶴崎の負担、その余を控訴人の負担とし、控訴人とその余の被控訴人らとの間に生じた控訴費用は控訴人の負担とし、控訴人と引受人との間に生じた分は引受人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、控訴人が、その所有にかかる本件土地を、被控訴人鶴崎に対して控訴人主張のとおり賃貸したことは、無断転貸等の禁止に関する特約の点を除いて、当事者間に争いがない。
そこで、控訴人の右賃貸借契約解除の主張について、順次判断する。
(一) 青根一郎に対する⑨の部分の無断転貸を理由とする契約解除の主張について(原審、当審主張)
1 被控訴人鶴崎が右青根に対して昭和三五年四月一日以降⑨の部分を転貸し、右部分を同人に使用させている事実は、右⑨の部分の面積の点を除いて、控訴人と同被控訴人間では争いがなく、その余の被控訴人ら及び引受人との間では、≪証拠省略≫によってこれを認めることができる。
2 控訴人は、同年九月九日被控訴人鶴崎に到達した書面で、右転貸を理由とする本件賃貸借契約解除の意思表示をしたと主張し、被控訴人らはこれを争うので按ずるに、≪証拠省略≫によると、控訴人の代理人である弁護士岡沢寛治外一名が昭和三五年九月八日被控訴人鶴崎にあてて、本件土地のうち訴外福本所有家屋の敷地を訴外古本一雄に無断転貸したことを理由として本件賃貸借契約を解除し、本件土地の返還を求める旨を記載した書面を、内容証明郵便により発送し、右書面は同月九日同被控訴人に到達したことが認められる。右認定の事実によると、右書面には、解除原因として「福本所有家屋の敷地の古本一雄への無断転貸」が記載されているのではあるけれども、後記認定のとおり、同年二月頃から、古本一雄が転勤のため⑨の部分にある同人所有建物の処分に迫られ、同人から相談を受けた被控訴人鶴崎と控訴人との間で、右建物処分にともなって予想される⑨の部分の転借権譲渡につき、交渉がもたれており、承諾料等に関し意見の不一致があったこと、≪証拠省略≫により認められるとおり、右書面到達の約一〇日前である同年八月末頃、控訴人は地代を持ってきた同被控訴人に対して、⑨の部分を青根に転貸したことをとがめており、少くとも控訴人としては、右書面により、この転貸行為を理由とする解除権を行使したつもりであったことのほか、本件土地上に当時福本なる者の所有建物が存在したと認めうる資料は存在しないこと、等の事実に弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人鶴崎としても、当時右書面を受領しただけでも、それが、もと古本の使用していた⑨の土地の青根に対する転貸を問題として賃貸借契約を解除しようとするもので、なんらかの誤りから前記のような記載がなされているにすぎないことが、容易に了知できる情況にあったものと推認され、反証はない。もともと契約解除の意思表示は要式行為ではなく、解除原因の明示がその要件として要求されているのではないのであるから、右認定のような事情のもとで控訴人の代理人から同被控訴人に送付せられた右書面は、⑨の土地の青根に対する転貸行為により解除権が発生したとし、その解除権を行使する旨の意思表示としての効力を、同被控訴人への書面到達と同時に発生したものと解して妨げないものというべきである。
3 すすんで、右転貸借には控訴人の承諾があったとの被控訴人らの抗弁について判断する。
まず、被控訴人鶴崎は、同被控訴人が建売住宅建設のために本件土地を賃借することを控訴人は認識していながら、多額の権利金を徴し、転貸または賃借権の譲渡を一般的包括的に承諾したと主張し、被控訴人西岡もまた、権利金の授受を理由に包括的承諾を主張するのに対し、控訴人はこれを争い、かえって本件賃貸借契約には無断転貸等を禁止する旨の特約があった旨抗争し、この特約の存在については、さらにその余の被控訴人らにおいてこれを争うので、按ずるに、控訴人が被控訴人鶴崎に本件土地を賃貸した際に、同被控訴人から権利金として少くとも金四〇万円の交付を受けたことは、控訴人と同被控訴人との間においては当事者間に争いがなく、控訴人とその余の被控訴人ら及び引受人との間においては、≪証拠省略≫によりこれを認めることができる(被控訴人鶴崎は、金四二万円であったと主張し、原審及び当審においてこれに副う供述をしているが、他に右供述を裏付ける証拠はなく、前示争いのない限度の金四〇万円であったとする≪証拠省略≫に照らすとたやすく措信できない)のであるが、右権利金の交付が本件土地の転貸または賃借権の譲渡を包括的に承諾する趣旨のものであったことについては、これを認めるに足りる的確な証拠がなく、かえって、被控訴人鶴崎が建売住宅建設のため賃借することを控訴人が認識していたとの点については、同被控訴人本人自身が、原審において、建売住宅建設のために賃借することをことさら秘匿し、控訴人に対しては借家を建てるという名目で本件土地を賃借したものである旨を供述しており、≪証拠省略≫を綜合すると、本件賃貸借契約の成立にあたり、控訴人と被控訴人鶴崎との間を仲介した田中稔が、司法書士福井清鬼に記載させて準備してきた「土地賃貸借契約証書」を控訴人に示したところ、控訴人はより明確な無断転貸等の禁止条項を設けることを要求し、田中がこれを受けて、同司法書士に右契約証書の第四葉以下(第一四条以下)の書き直しをさせ、控訴人と同被控訴人が右書き直し後の契約条項を了承し、その末尾の各記名下に押印して、甲第一号証の「土地賃貸借契約証書」を作成したこと、右書き直し後の第一六条第一項には、無断転貸、賃借権の無断譲渡を禁止するほか、地上建物の所有権についても賃貸人の承諾なしに他に移転することを禁止する旨が記載されていること、同被控訴人自身も無断転貸、賃借権の無断譲渡ができないことを了解しており、現に他の被控訴人ら(被控訴人山脇を除く)に各占有部分を転貸したときには、控訴人の承諾を個別的に得ていたことが認められるのであって、これらの認定事実によると、控訴人と被控訴人鶴崎は、本件土地の賃貸借契約の締結にあたり、前記金四〇万円の権利金の授受にもかかわらず、無断転貸または賃借権の無断譲渡を禁ずる旨をことさら特約しているのであって、右権利金の授受に将来の転貸、賃借権の譲渡を包括的に承諾する趣旨が含まれていたものとは到底認められない。≪証拠省略≫中右認定に反する部分は措信できず、≪証拠省略≫も右認定を動かすに足りないし、他に右認定を覆えす証拠はない。従って、転貸または賃借権譲渡につき包括的な承諾を得ていたとの被控訴人鶴崎、同西岡の前記主張は理由がない。
なお、被控訴人西岡は、転借人が本件賃貸借契約第一四条の義務の履行を申し出たのに、控訴人がこれを拒否し、同条項を自ら破棄抹消したから、その後は被控訴人鶴崎の承諾さえあれば転借権を譲渡できることとなったと主張するが、前示甲第一号証(本件土地賃貸借契約証書)によると、本件賃貸借契約第一四条の「賃借人に於て他へ借地権を譲渡したるときは、其譲受人をして賃貸人との間に本土地に対する賃貸借契約の証書を作成せしむべき義務あるものとし、同証言の作成に至る迄は依然本契約上の各義務を履行すべきものとする。」との規定は、これを同第一六条第一、二項と対比すると、借地権譲渡につき賃貸人である控訴人の承諾があったことを前提とし、その場合においても、譲受人と賃貸人(控訴人)との間に新たな賃貸借契約の証書が作成されるまでは、賃借人である被控訴人鶴崎は賃貸借関係から完全には離脱できず、引き続き契約上の義務を負担する旨を定めたものであり、賃借権の無断譲渡がなされた場合に、被控訴人鶴崎あるいは無断譲受人の求めに応じて、控訴人が無断譲受人との間で賃貸借契約書を作成しなければならない義務を控訴人に課したものではないことが明らかであるから、被控訴人西岡の右主張は採用に価しない。
次に、被控訴人鶴崎は、転貸等の包括的承諾がなかったとしても、青根に転貸した当時に控訴人の承諾を得たと主張し、被控訴人鶴崎本人は原審及び当審においてこれに副う供述をするけれども、右供述は、≪証拠省略≫に対比すると、にわかに措信できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。かえって右各証拠に、≪証拠省略≫を綜合すると、被控訴人鶴崎は昭和三〇年三月一六日頃⑨の部分の地上に、木造瓦葺平家建居宅、建坪一四坪八合、同附属の木造瓦葺平家建居宅、二坪二合五勺(家屋番号二六三番)を新築して、その頃右地上建物を訴外古本一雄に売り渡すとともに、その敷地である⑨の部分を転貸し、同年四月頃右転貸につき控訴人の承諾を受けたこと(右承諾の点は控訴人も認めて争わないところである)、昭和三五年二月頃、右古本は他の地方に転勤することになり、古建物の処分を被控訴人鶴崎に相談したところ、同被控訴人は、不動産仲介業者の塚脇敏夫にその売却斡旋方を依頼するとともに、控訴人に対し、右建物が売却されたときには、その買主に⑨の部分を転貸することの承諾を求めたこと、これに対し控訴人は承諾料として金八万円を要求し、両被控訴人はこれを古本に伝えたが、同人からその減額交渉の依頼を受け、控訴人と数回にわたり右承諾料を減額するよう折衝したこと、しかし控訴人は、かえって本件土地の賃料を坪当り月三〇円から六〇円に増額すると言い出す始末で、右交渉は結論を得ず、従って転貸の承諾も与えられないまま折衝が打ち切られたこと、ところが、同被控訴人は、その後も塚脇に対する売却斡旋方を依頼したままとし、間もなく同人の斡旋で右建物を買受けた青根一郎に対し、同年三月三一日、控訴人に無断で、かつ青根には地主が控訴人であることを伏せて、⑨の部分を賃貸することを約したものであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫従って、青根に対する転貸にあたり控訴人の承諾を得たとの被控訴人鶴崎の右主張もまた理由がない。
そして、他に、青根に対する⑨の部分の転貸につき控訴人の承諾があったことの主張立証はないから、結局右転貸は控訴人の承諾なしに行われた無断転貸であるとするほかはない。しかも、右無断転貸は、被控訴人鶴崎不知の間に転借人古本が勝手に転借権を青根に譲渡し、同被控訴人において、青根からの買取請求に応じるだけの資力がないため、その承諾を余儀なくされたというような性格のものとは異り、控訴人との間に無断転貸等禁止の特約があり、かつ控訴人の承諾を得ることに失敗し、その承諾のないことを知りながら、同被控訴人が積極的に古本の地上建物売却に便宜をはかり、⑨の部分を青根に直接転貸(もっともその実質は転借権譲渡の承諾と大差がないものと考えられる)したものであって、少くとも⑨の部分の貸借関係に関する限り、信頼関係を破壊しないといえるような特段の事情があったものとは、到底認められない。
4 ところで、被控訴人鶴崎は、控訴人は古本が転勤のため建物の処分を迫られている窮迫した状態を利用して多額の承諾料を要求し、そのような状況下でなされた本件土地の僅かな一部の無断転貸を理由に本件土地全部の賃貸借契約を解除するのは信義誠実の原則に反し、権利の濫用であると主張するのに対し、控訴人は、被控訴人鶴崎には本件土地全部を目的とする一個の契約で賃貸したものであり、信頼関係は単一不可分であるから、一部でも無断転貸があれば、その信頼関係が破壊されることになり、本件土地全部の賃貸借を解除できると抗争するので、果して⑨の部分の無断転貸をもって本件土地全部の賃貸借を解除することが許されるかどうかについて判断するに、≪証拠省略≫を綜合すると、被控訴人鶴崎は、控訴人から本件土地を借受けるとともに、その西側に隣接する訴外田島政之所有の土地を同人から借受け、これらの地上に逐次建売住宅を建設し、①の地上建物は被控訴人岡本に、②の地上建物は同山下に、③の地上建物は同平野に、⑧の地上建物は同上野に、⑨の地上建物は前認定のとおり古本一雄に、それぞれ売却し、その敷地を各買主に転貸したこと、控訴人は、遅くとも昭和三〇年八月頃までに、これらの転貸をすべて承諾したこと、⑤⑥⑦の部分は、被控訴人鶴崎が本件土地等の賃借の際、控訴人及び訴外田島政之に支払った権利金のうち金五〇万円を、被控訴人西岡から二箇月後に返済する約定で借り受けたのに、返済期限を過ぎても金二五万円しか返済できなかったことから、田島政之からの賃借土地の一部とともに、昭和二九年一〇月頃、同被控訴人に転貸し(⑥の部分の転貸の事実は控訴人と被控訴人鶴崎、同西岡間では争いがない)、その頃右転貸につき控訴人の承諾を得たこと(⑥の部分の転貸の承諾につき、≪証拠省略≫中には、これを得ていなかったかの如き供述部分もあるけれども、≪証拠省略≫を綜合的に判断すると、右供述部分は、同被控訴人において、本件土地のうち同被控訴人の転借部分と訴外田島政之から転借した同訴外人所有地との境界を確知していないことによるもので、同被控訴本人の供述の趣旨とするところは、要するに、本件土地のうち④の部分と⑧の部分にはさまれた土地を、西側は同訴外人の所有土地との境界線に至るまで、被控訴人鶴崎から転借し、地上建物建築前に、右転借部分全部につき控訴人の承諾を得たというにあるものと認められる)、同被控訴人において⑤⑦の部分にまたがり、四戸建の住宅一棟を建て、西北端の⑦の部分の一戸を樋口よねに売渡すとともに、その敷地である⑦の部分の転借権を同人に譲渡したこと、控訴人は遅くとも昭和三一年二月頃までに⑦の部分の右転借権譲渡につき承諾を与えたこと、④の部分は通路として使用され、他に転貸されていないこと、このように地上建物の所有者即ちその敷地占有者が区々となったのに、控訴人が各建物所有者と直接の土地賃貸借関係をもたず、依然として被控訴人鶴崎を賃借人とし、各建物所有者とは転貸借の関係をとることにした理由は、主として、控訴人において、各建物所有者を賃借人とした場合に、賃料の支払、その他の面にわたり、個々の賃借人をどの程度信頼できるかに不安をもち、同被控訴人を賃借人としておけば、各建物所有者からの賃料の支払の有無にかかわらず、同被控訴人から一括してその支払を受けることができるし、建物所有者に土地使用者としての不都合があったときにも、同被控訴人に責任を追求できると考えたことによるものであって、同被控訴人を信頼するとはいっても、同被控訴人が直接賃借土地を使用することはもはや問題ではなく、むしろ、主として控訴人の利益ないし便宜のためから、同被控訴人に責任を負担させることが重点であり、これにより、転借人らの信用を担保し、裏付けるという色彩と意図が濃厚であったこと、以上の事実が認められる。右認定事実によると、本件賃貸借契約は、契約としては一個のものではあるけれども、契約成立後本件土地上に建築された多数の建物が多数の者に別々に売渡され、その敷地ごとに区分された土地につき転貸借関係が成立して、地主である控訴人もその転貸借関係を個別的に承諾し、目的土地の区分使用を承認したもので、結局被控訴人鶴崎が当初企図した建売による土地利用関係を結果的に承認したという事態が現出し、それ以後は、本件土地は、地上建物の位置関係に従った区分に基いてのみその使用関係が個々的に形成されることが予定され、賃貸人たる控訴人も前記⑨の土地の転貸借の交渉の際に見られたように、賃貸人みずから個別的な承諾条件を提示して交渉に臨んでいるもので、この関係を包括する賃貸借関係があるといっても、その趣旨は、前認定のように、賃貸人が主として賃借人たる被控訴人鶴崎を利用するという意図から、右の程度に分割された土地利用関係の各部分の各転借人の信用を担保し、裏付けるという意味が濃厚であるから、賃貸借本来の賃借人の意思のみに基く目的土地全体の直接使用収益という実質は著しく後退するに至ったものと解せられる。このように、賃借地の利用関係が、賃貸人、賃借人双方の間で分割的使用を予定し、かつこの使用関係の変動に関し直接賃貸人が介入して個別的使用条件を定めるようになった一種の分割的土地使用関係について、その他前認定のような事情のもとにおける本件土地利用関係については、そのうち右の程度に分割された一区画である⑨の部分、面積にして約二二四坪の本件土地のうちの僅か三二坪五合四勺(この面積はのちに認定する)について、一旦承認された転借人が交替したことに伴う無断転貸がなされたとしても、たとえそれが、被控訴人鶴崎において、控訴人の承諾を得ることに失敗し、その承諾のないことを知りながら、あえて古本の建物売却に便宜をはかり、その結果としてなされたものであるという事情を考慮しても、本件賃貸借の前認定の実質と、分割使用関係における他の使用者の利益を充分勘案すべき必要との点から、右⑨の部分のみの無断転貸は、その余の部分の使用関係の基本を為す賃貸人である控訴人と、賃借人である被控訴人間の信頼関係には直ちに影響を及ぼさず、この部分の信頼関係まではいまだ破壊されるに至っていないものと認めるのが相当であり、従って、右⑨の部分の無断転貸を理由として本件土地全部の賃貸借契約を解除することは許されないものというべく、控訴人のなした前記契約解除の意思表示は、控訴人と被控訴人鶴崎間の本件土地の賃貸借契約のうち⑨の部分に関する部分についてのみ、契約解除の効力を生じたものというべきである。
なお、被控訴人鶴崎の右信義則違反、権利濫用の主張が、⑨の部分のみの解除権行使に対しても、これを主張する趣旨のものであるとしても、古本が転勤のためその地上建物を処分する必要に迫られていたのに対し、控訴人が前認定のような承諾料を要求したというだけでは、直ちに⑨の部分の賃貸借契約の解除権の行使をもって、信義誠実の原則に違背するとか、権利の濫用にわたるとすることはできず、本件全立証をもってするも、他に右解除権の行使をもって信義誠実の原則に違反し、あるいは権利の濫用にわたるとすべき点は認められない。
(二) 被控訴人西岡に対する⑥の部分の無断転貸を理由とする契約解除の主張について(当審主張)
被控訴人鶴崎が昭和二九年一〇月頃同西岡に対し、本件土地のうち⑤⑥⑦の部分を、これに隣接する田島政之からの賃借土地の一部とともに転貸したこと、しかし右転貸については当時控訴人の承諾を得ていたことは前判示のとおりである。
すると、被控訴人鶴崎、同西岡の承諾の抗弁は理由があり、被控訴人西岡に対する⑥の部分の無断転貸を理由とする控訴人の右契約解除の主張は理由がない。
(三) 訴外堀川タミヨに対する⑥の部分の賃借権譲渡を理由とする契約解除の主張について(原審主張)
控訴人は、被控訴人鶴崎が昭和三〇年一一月三〇日頃訴外堀川タミヨに対して⑥の部分の賃借権を無断で譲渡したと主張するけれども、右事実を認めうる的確な証拠はなく、かえって、控訴人自身が当審において、⑥の部分は被控訴人鶴崎が同西岡にこれを転貸し、同西岡がその地上に建築した建物を訴外堀川に譲渡した旨主張しているのであるし、このことに≪証拠省略≫を綜合すると、⑥の部分は、被控訴人西岡が、被控訴人鶴崎から転借したのち、これに隣接する田島政之所有の土地の一部にまたがって、建物を建築し、この建物を昭和三五、六年頃訴外堀川に売渡して、その敷地の一部である⑥の部分を、控訴人及び被控訴人鶴崎に無断で、右堀川に再転貸したものであって、堀川は、当時⑥の部分が控訴人の所有であり、これを被控訴人鶴崎が賃借し、同西岡が転借していたとの事実を知らず、むしろ同西岡の所有する土地と考えて、同被控訴人にその地代を支払っていたこと、被控訴人鶴崎も、⑥の部分が訴外堀川に再転貸された事実を、その当時は全く知らなかったことが認められる。従って、被控訴人鶴崎が⑥の部分の賃借権を訴外堀川に無断譲渡したとの控訴人主張の事実は、これを認めることができず(被控訴人西岡のした再転貸行為も、同鶴崎の不知の間に、同鶴崎とは全く無関係に行われたものにすぎない)、控訴人の右主張は理由がない。
(四) 保管義務違反による契約解除の主張について(当審主張)
控訴人は、本判決末尾添付図面の斜線部分は本件土地の一部であるのに、これを含む③、⑤、⑥、⑦、⑧の各部分を占有する被控訴人らは、昭和三八年一〇月頃、右部分を隣接する田島政之の土地の一部であるとして、同人にその賃料を支払い、同人の不法行為に加担したのに、被控訴人鶴崎がこの事実を知りながら、これを放任したのは、本件土地の保管義務に違背するものであると主張するけれども、≪証拠省略≫を綜合すると、本件土地とその西側に隣接する訴外田島政之所有の土地(一五六〇番地)との境界は、昭和二九年三月一二日、控訴人と右田島政之との間で、被控訴人鶴崎も立会いのうえ、測量士土地家屋調査士内田久夫事務所の作成にかかる実測図にもとづき、確認されたこと、しかし現地には、右境界の目印となるようなものはなにもなく、昭和三八年一〇月頃田島政之が、被控訴人西岡、同平野、同上野、訴外堀川タミヨに対し、本判決末尾添付図面(二)の斜線部分の土地は同訴外人所有の一五六〇番地の一部であると主張して、右各被控訴人らの占有面積に応じた賃料を同訴外人に支払うよう要求したこと、同被控訴人らは、この要求に応じて、その後被控訴人鶴崎に対し、これに対応する部分の転借料の支払いを拒むに至ったこと、これに対して被控訴人鶴崎は、控訴人と田島政之との間の境界争いに巻き込まれることを惧れて、田島政之との間の一五六〇番地の土地賃貸借契約を同月末日限り解除し、控訴人に対しても、昭和三九年三月一五日頃、田島政之が右部分の賃料の支払を右関係ある被控訴人らに要求し、これと直接賃貸借契約を締結するに至ったので、右部分については賃借権(甲第六号証に転貸権とあるのは、転貸する権利の意味と思われる)が行使できない状況となっている旨を通知したこと(なお本件土地の賃料は、それ以前から契約解除後との理由で控訴人が受領を拒否していたため、被控訴人鶴崎は当時その支払をしていなかった)、等の事実が認められる。ところで、このような境界についての争いは、本来両土地の所有者がその責任において解決すべき問題であり、紛争に巻き込まれた借地人らが、その賃料をいずれの所有者に支払ったとしても、そのことの故に一方の土地所有権者が、争いある部分の所有権を失ったり、取得できたりするいわれはないから、単なる賃料の支払関係から直ちに賃借人等としての土地の保管義務に欠けるところがあったとすることはできないばかりでなく、被控訴人鶴崎において右認定のような措置をとったと認められる本件の場合、被控訴人鶴崎に賃貸借契約の解除原因となしうるような保管義務違反があったものとは到底認められない。従って控訴人の保管義務違反を理由とする契約解除の主張もまた理由がない。
(五) 増額賃料の差額の遅滞を理由とする契約解除の主張について(原審主張)
控訴人は、昭和三六年六月八日被控訴人鶴崎に対する本件訴状の送達により、同被控訴人に対してなされた賃料相当損害金の請求は、とりもなおさず賃料増額の意思表示に外ならないから、同被控訴人が従前の賃料と右増額賃料との差額を支払わないのは、賃料の支払を遅滞するものである旨主張するけれども、被控訴人鶴崎に対する本件訴状の送達をもってなされた賃料相当損害金の請求は、賃貸借関係の終了を当然の前提とするものであり、これと相い反する賃貸借関係の存在を前提とする賃料増額の意思表示が含まれているものとは到底認められないから、控訴人の右主張は理由がない。
以上のとおりであるから、控訴人の本件賃貸借契約解除の主張は、被控訴人鶴崎の青根一郎に対する⑨の部分の無断転貸を理由として、⑨の部分の賃貸借契約を解除する限度においてのみ理由があり、その余の主張はすべて理由がない。
二、控訴人は、次に、被控訴人岡本、同山下、同平野、同西岡、同上野及び引受人藤木は、いずれも本判決末尾添付別表一(占有関係一覧表)記載のとおり本件土地上に建物を所有して、被控訴人山脇は同表記載のとおり被控訴人西岡所有の建物に居住して、いずれも本件土地を占有していると主張し、右主張事実については当事者間に争いがない。しかしながら、被控訴人岡本、同山下、同平野、同西岡、同上野が、いずれもその占有部分を、本件土地の賃借人鶴崎から転借し、かつ遅くとも昭和三〇年八月頃までに右転借につき控訴人の承諾を得たことは前認定のとおりであるから、適法な転借権にもとづいて各占有部分を占有している旨の右被控訴人らの抗弁は理由がある。また、≪証拠省略≫を綜合すると、被控訴人山脇は、その主張のとおり、被控訴人西岡からその所有にかかる前記建物を適法に賃借して居住しているものであることが認められる。従って、右被控訴人岡本、同山下、同平野、同西岡、同上野、同山脇が本件土地の不法占拠者であるとする控訴人の主張は理由がない。
ところが引受人藤木は、その被承継人北川広太郎から⑦の部分の地上建物を買受けたというのみで、⑦の部分の占有権原を主張しない。すなわち、右北川広太郎の被承継人樋口よねが、⑦の部分に被控訴人西岡が建築した建物を買受けるとともに、⑦の部分の転借権の譲渡を受け、遅くとも昭和三一年二月頃までに右転借権譲渡につき控訴人の承諾を得たことは前認定のとおりであり、右樋口よねから北川広太郎への承継が相続による包括承継であることは控訴人の自認するところであるけれども、北川広太郎から引受人への承継は、右地上建物の売買によるものなのであるから、⑦の部分の転借権譲渡ないしは再転貸につき、控訴人の承諾を得るのでなければ、控訴人に対抗できる適法な占有権原の主張があったものとすることができないのに、右承諾の主張がなく、他に⑦の部分の占有権原をなんら主張立証しない。従って、引受人を、⑦の部分の不法占拠者であるとする控訴人の主張は理由がある。
四、そうすると、控訴人の請求のうち、被控訴人鶴崎に対し、⑨の部分の土地賃貸借契約解除にもとづき、右部分の土地明渡を求めるとともに、右解除の日の翌日の昭和三五年九月一〇日から明渡ずみまでの賃料相当損害金の支払を求める部分、及び引受人に対し、⑦の部分の土地所有権にもとづき、その地上建物(家屋番号三六六号)を収去して、⑦の部分の土地明渡を求めるとともに、引受人の占有開始の日であることが当事者間に争いのない昭和四四年三月一日から明渡ずみまでの賃料相当損害金の支払を求める部分は理由があるが、その余の部分はすべて理由がないものというべきである。そこで、右賃料相当損害金の額について判断するに、≪証拠省略≫によると、本件土地の坪当り一箇月の適正賃料の額は、昭和三五年一〇月一日から昭和三七年八月三一日までは六八円、同年九月一日から昭和三九年八月三一日までは一三四円、同年九月一日から昭和四一年八月三一日までは二一五円であり、同年九月一日以降は控訴人主張の二五〇円を下らないことが認められるところ(≪証拠判断省略≫)、⑨の部分の面積は、≪証拠省略≫を綜合すると、その面積は控訴人主張のとおり三二坪五合四勺であること、しかし北側の巾五尺一寸の部分六坪四合三勺は市道敷地となっているため、建物敷地としては使用できない情況にあり、控訴人と被控訴人鶴崎間の本件土地賃貸借契約においても、この部分の賃料は免除されており(甲第一号証の契約条項第一五条)、控訴人が⑨の部分の返還を受け、他に賃貸する場合にも、この部分については賃料の支払を期待することができないと考えられ、⑨の部分の適正賃料を算出するにあたっては、右六坪四合三勺を差し引いた二六坪一合一勺をもって計算の基礎とするのが相当であることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫また⑦の部分の面積が一五坪七合一勺であることは、引受人の被引受承継人北川広太郎の訴訟被承継人亡樋口よねにおいて認めていたところであるから、引受人と控訴人との間において争いはないものというべきである。従って、被控訴人鶴崎が⑨の部分の不法占拠により支払うべき損害金の額は、昭和三五年一〇月一日から昭和三七年八月三一日までは月一、七七五円、同年九月一日から昭和三九年八月三一日までは月三、四九八円、同年九月一日から昭和四一年八月三一日までは月五、〇三九円、同年九月一日から昭和四三年八月三一日までは月五、六一三円、同年九月一日から⑨の部分の明渡ずみまでは月六、五二七円の各割合、引受人が⑦の部分の不法占拠により支払うべき損害金の額は、控訴人主張のとおり、昭和四四年三月一日から⑦の部分の明渡ずみまで月三、九二七円の割合によるべきものというべく、控訴人の被控訴人鶴崎に対する損害金の請求のうち右の限度を越える部分は理由がない。
五、よって、原判決のうち、被控訴人鶴崎に対する控訴人の請求を全部棄却した部分はこれを取消して、前示理由のある限度でこれを認容し、その余の部分を失当として棄却すべく、その余の被控訴人らに対する控訴人の請求を棄却した部分は結論において正当であるから、同被控訴人らに対する控訴を棄却するとともに、被控訴人岡本与作、同山下春一、同平野佐、同西岡勇、同上野繁夫、に対する控訴人の当審における附帯請求拡張部分の請求を棄却し、引受人に対する請求はすべて正当として認容し(原判決中亡樋口よねに関する部分は、控訴人において、その訴訟承継人北川広太郎に対する請求を全部取下げたことにより失効)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮川種一郎 裁判官 林繁 平田浩)
<以下省略>